福武ハウス


In Search of Balance

アジアの多様な文化や伝統は、グローバル化の大きな影響により、ここ数年で劇的な変容を遂げました。この地域の国々は、共通の問題に取り組みながら、直面する具体的な課題への対応を模索しています。食文化を例に挙げると、グローバル化によってアジアの食文化の状況は大きく変わりました。「多国籍」料理が現代的な食事を代表するようになる(特に国際都市においてはその傾向が強い)一方で、地元の食材などを際立たせる郷土料理は、この食のグローバル化のプロセスにおいて、地域への関心を呼び戻す重要な要素となりつつあります。 福武ハウス・アジア・アート・プラットフォームは、「グローバル―ローカライゼーション」の矛盾に目を向け、アーティストはこのプロセスがアジアの様々な地域でどのように進んでいるのかを共に考える機会を提供します。

参加作家:レイチェル・チェン (香港), ナオミ・エラー (オーストラリア), キャロル・リー (香港), マリアント (インドネシア), マイナー・アジャストメント・コレクティブ – ヘミン・ソン/ ジョン・リアードン (韓国), アリン・ルンジャン (タイ), リー・ユンシャン (台湾)

石の言葉, 2016

普段、生命の循環リズムと変化、儀式、記憶、欲求、腐敗、糧、再生といったテーマを基に作品を制作している彼女の作品は、根源的で、誕生の瀬戸際にある感覚や、複雑な心理状態を捉えている。
この作品は、小豆島にある自然の形に重点をおき、この地域の歴史と、急速な変化を迎える特徴を反映している。作家と現地住民によって選ばれた小豆島の石は、作家がオーストラリアで作った陶器のパーツと組み合わされたこの不思議な彫刻は、文化の融合と古い文化・土地へのグローバル化の影響を表現している。大掛かりなコラージュはコミュニティ内の様々な場所とのつながりを持って内外の力を映し出している。石のイメージを特徴としたこの作品は、変化し続ける世界においても、古くからあるものが存在し続けていることを示す経典または言葉のようなものを連想させる。
この「石の言葉」というタイトルの作品は、変化というテーマを喚起しており、文化を調和し変化させる力であるグローバル化が、ときには美しく豊かな変異を生み出し、またあるときには、ある場所を唯一無二と足らしめるモノの核心を蝕む破壊的な力となるものであることを表現している。

アーティスト | ナオミ・エラー

1973年オーストラリア・メルボルン生まれ、現在メルボルンにて居住及び活動。エラーはメルボルン大学にて教育・ビジュアルアーツ (絵画) の学位を取得 (1995年)。近年の個展は、メルボルンのハイデ近代美術館における「骨でなければ石」(2015年)、メルボルンのトリスチャン・ケーニグにおける「自然のもの」(2014年)、メルボルンのデス・ビー・カインドにおける「証言するために」(2013年) など。オーストラリアでのいくつかのグループ展に参加しており、直近ではメルボルンのケーブズ (2016年)、ギプスランドのフェデレーション大学のケーブズ・アット・スイッチバック・ギャラリー (2016年) などに参加。またクルーンズ・セラミック賞 (2015年) やマニンガム・セラミック賞 (2015年) の最終選考にも残っている。

www.naomieller.com

キュレイター | ジョアンナ・ボッセ

経験豊富なキュレイターであり作家でもある彼女は、オーストラリアの主要な団体において約20年に渡り重要な役割を担ってきた。最近ではメルボルン大学のイアン・ポッター美術館の館長 (2001~15年)。ブリスベンのクイーンズランド大学のユニバーシティ美術館の館長助手 (1995年)。2010年には、ボッセはウィンストン・チャーチル奨学金を得て、米国及びカナダにて「先住民アーティストとそのコミュニティとの協働のための美術館向け新しい学芸活動」というタイトルの研究プロジェクトに取り組む。ブリスベンのクイーンズランド大学にて文学士号を取得 (1994~1998年)。

パートナー | アジアリンク・アーツ

黄金の涙滴

この作品は、あらゆる点における歴史の不完全さを表現している。全ての情報を繋げようとしたのではなく、無骨で、解釈やそこにあるストーリーを映し出す映像の効果なくしては何の意味も持たないものである。作家には歴史を実際より美しく見せようなどという気持ちはなく、テーブルの上に歴史を載せ、それがどういう事柄でも、全てはそれを手に取る人や共に鑑賞する人へ解釈を委ねる。
タイ代表として第55回ベニス・ビエンナーレ(隔年開催)美術展へ出品したルンジャンの黄金の涙滴はタイの有名なデザートや、今まで知られていなかった驚きの物語、そして公に語られてきた歴史とは矛盾している同時性に関する国を超えた理解を追求している。

運営:ジェームズ・H・W・トンプソン財団
※タイを含む東南アジアの美術品を収集したアメリカ人実業家ジェームズ・H・W・トンプソンにちなんで名付けられた名称です。

アーティスト | アリン・ルンジャン/ ジムトンプソンアートセンター / バンコク

1975年バンコクに生まれる。現在バンコクに在住し、制作を行う。複数の言語で場所や時間を超えて語られる大小様々な物語を重ね、巧みな技術を使って歴史の再確認をする作品ででよく知られている。作家自身の活動の場所やその背景において、タイの歴史の中でもあまり知られていない側面が現在と交差する様子に関心を持っている。別々に起こった出来事を、時空を超えて繋げることができる物こそが、彼の創作の中心となっている。彼はよく、ビデオや作品展示の場所に相応しい装置など様々なメディア、手法を用いることがある。彼はその日常と歴史の探求を通して、丁寧に主題を分析し、小さな出来事を通して見えてくる、大きな物語を再認識する。最近ではモンクットという作品をCAPC – Musée d’art contemporain(現代美術館)(2015)、Bordeaux, Satellite 8, Jeu de Paume, Paris(パリ・ボルドー ・サテライト8・ジュ・ド・ポーム)(2015)に出品し、ABPファウンデーション・シグニチャー・アート・プライズ(2014)で最終選考まで勝ち上がったゴールデンティアドロップは第55回ベニス・ビエンナーレ美術展(2013)にタイ代表として出品されました。彼は第18回シドニー・ビンナーレ美術展(2012)、バンドンの“シティー・パビリオン”や上海ビエンナーレ美術展(2012)、オールド・カラング空港にて開催された第三回シンガポールビエンナーレ美術展(2011)にも参加しています。

キュレイター | グリティヤ・ガウィーウォン

アメリカはイリノイ州にあるシカゴ美術館付属美術大学にて美術経営管理の修士号を取得後、1996年に独立した美術団体プロジェクト304を共同で創設。展示品の管理や、東京オペラシティアートギャラリー、国際交流基金フォーラムで開催されたイベント「アジア美術の新世代・アンダー・コンストラクション」(2002)の運営を行う。また、オン・ケン・セン(シアター・ワークス)と共にキュレイターとしてサウスイースト・アジア・ショー、ベルリンのHaus der Kulturen der Welt(文化の館)で行われた“ポリティクス・オブ・ファン”(2005)に携わり、リクリット・ティーラヴァーニャと共に、ベトナムサイゴン(2006−2007)と、ドイツのオーバーハウゼン(2009)での“サイゴン・オープン・シティ”にキュレイターとして参加。キュレイターとしての活躍が2005年に南アメリカまで広がり、メキシコでThe Museo Universitario Arte Contemporáneo (現代美術大学美術館)で開催された「ビトゥイーン・ユートピア・アンド・ディストピア(理想郷と暗黒卿の間)」(2011)という展示会に携わりました。タイでは、チェンマイにあるMAIIAM現代美術館にて開催された「ザ・セレニティー・オブ・マッドネス(狂気の平静)」(2016)においてアピチャートポン・ウィーラセータクンの作品展示にキュレイターとして参加。これは、ニューヨークにある“インディペンデント・キュレイターズ・インターナショナルという団体から委託を受けたもので、今後2年間、世界中を巡回する展示となる。現在は、バンコクにあるジムトンプソンアートセンターの芸術監督として活動している。

パートナー | ジムトンプソンアートセンター

見えるもの / 見えないもの, 2016

影響力がある、あるいは有力なパワーというものは、すべての小さな力を集めることで作り上げられると作家は考え、そしてそれがこの作品シリーズのイニシアチブともなっている。他方で、この作家は「陶芸」を通じてアートを表現することを得意としているが、加工や変形後の材料やその特性の可能性、またいかにしてその当世らしさを表現できるかを見極めようと試みている。
この展覧会は「食べ物」を契機としており、作家は「基本的なニーズ」と「食べ物」の関係について取り上げている。古代より、大多数を占める一般人は生活における基本的なニーズを手にすることで生きてきた。贅沢は少数の有力者(金持ち)だけに許されてきたが、贅沢というものはニーズに基づいてあるのではなく、虚飾と喜びのために存在する。現代の生活においてもそれは同じである。
人の生命を育むには基本的要素や食べ物があれば十分であり、人間の力は自然界より与えられる。本作品シリーズは、永遠という陶芸の特性と有機的な要素が持つはかなさを取り入れることで、永遠の中にはかなさを抱かせ、これは、自然資源の配分やその消費に対する自らの姿勢について見る者がじっくりと考えることを促すことを狙いとしている。全世界が健やかに進むのか、貪欲に消費されていくのか、すべては世界中の人々が小さくも影響力のある自らの力をどのように使うかによって決まる。

リン・ルンジャン

アーティスト | レイチェル・チュン

香港で生まれ、活躍するアーティスト。オーストラリアのRMIT大学と香港アートスクールによる共同のプログラムで陶芸を専攻し2001年に卒業した後、2004年にはサンダーランド大学で文学修士(ガラス)を取得、さらに2009年にイギリスのミドルセックス大学でも文学修士(美術)を取得。「Hong Kong Art Biennial Exhibition 2001」で入賞、また2002年には 「Artists in the Neighborhood Scheme II」賞を受賞。香港藝術館、香港文化博物館 、および台湾鴬歌陶磁博物館にて作品所蔵。現在は、香港アートスクールで講師を務めている。

パートナー | 香港アートセンター

ポストカードプロジェクト--縫われる記憶, 2016

2008年から始まったポストカードプロジェクトは、2013年に第一期を完了。300枚余の葉書が様々な地域へと発送され、それぞれの道を辿った。一つ一つのポストカードが、デザインからはじまり、郵送することで遠方へと向かっていくプロセスは、転々と進む長い旅といえる。手紙であり、時間と空間の移転を記録したものでもある。
小豆島で展示したこれらの葉書は、ポストカードプロジェクトの第二期となり、「縫われる記憶」と名付けられている。これらの作品は、日本伝統の着物の図柄と模様を基礎としながら、小豆島の四百年の醤油醸造歴史と結びついている。また、視覚や嗅覚といった感触性を集結することで、小豆島と日本の歴史・文化・生活の関係を体験できます。葉書は「時間の絵画」の技法を借用し、時間と光の累積を視覚的なデザインに転換することで、小豆島の時間と光を通した醤油醸造過程と同じ感覚を得ていると言える。鑑賞者は、それぞれ好きな葉書を選び、即時に筆をとって思うことや恋しいことを書き、小豆島から遥か遠い誰かへ送り出すことができる。

アーティスト | キャロル・リー

2001年にRMIT大学(香港アートスクール)にて学士号(美術)を優秀な成績で取得し、2008年には美術学修士号を成績優秀者の栄誉と共に取得。ゴールデン・キー・インターナショナル・オーナー・ソサエティーの会員として選ばれただけではなく、MIA(メア・インディペンデント・アーティスト)の創設メンバーの1人。彼女の絵や展示物は、香港アート・ビーニアル・エキシビジョンに出展され、フィリップ・チャリオル基金・アート・コンペティションにて受賞。彼女のガラス作品は、ニューヨークにあるコーニング・ガラス美術館レビューに選ばれ、3年間展示された。 2002年には、リーはオープンスタジオでの創作活動と「カイ・ジャ」と題したトークイベントを行った。2004年、香港アートセンターに個人ギャラリー「トゥー・アート」をオープンし、香港の美術収集文化の発展に寄与している。2008年のアート・コンテイナー・プロジェクトの副議長を務めた。国内外多数の展示会に参加、彼女の作品は美術館、文化振興事業団、そして個人の美術愛好家に収蔵されている。

キュレイター | コニー・ラム

香港大学で美術と比較文学の2分野を専攻。卒業後、1997年に香港アーツセンター(HKAC)に入社し、2009年以降はエグゼクティブ・ディレクターとして活躍。香港芸術運営協会、賽馬会創意芸術中心、港映画発展局、康楽文化事務署、香港特別行政区政府民政事務局の下に置かれた美術協会など、数多くの委員会や討論会に貢献し、香港のアート・シーンの発展を積極的に推進。 ビジュアルアート、ビデオアート、メディアアート、コミックアートといった様々な芸術スタイルにおいて学芸員として豊富な経験を持ち、また、南条史生氏とEugene Tan氏と共同で優秀なアジア人アーティストに光をあてた展覧会を主催。2006年には香港コミックアートの発展に焦点をあてた一連の展覧会を手掛け始め、2013年には地元のコミックやアニメーションのための香港初のアートコミュニティーとして再生された歴史的な建築としてComix Home Base(動漫基地)を設立。観客を増やす活動にも力を注いでおり、路上音楽シリーズやオープンダンスなどのプログラムの立ち上げにも携わった。香港アーツセンター初の試みとなった地元制作による長編映画と長編ドキュメンタリーである、2011年公開のBig Blue Lakeと2014年公開のFlowing Storiesの双方で製作責任者を務めた。

パートナー | 香港アートセンター

集団発酵

集団発酵とは物質であり事象でもあります。発酵した物質と、物質の発酵が芸術祭の間起こっている。作品のテーマは、グローイング・マニュアル・プロジェクトに新しく参加した日本の(芸術家)集団との会話、そしてそれらが日本の集団主義のようなものを捉えるべく、それぞれの場所において様々な状態の物質に広がる様子から着想を得ている。芸術祭が終わると、作品はボトルに詰められて地元小豆島や近隣の島々、美術協会、キュレイター、芸術家グループなどへ配布される。半分は飲料用のアルコールとなり、残りの半分は鑑賞のためのオブジェとなる。この作品はグローイング・マニュアル・プロジェクトの一環で、マイナー・アジャスメント・アーティスト・コレクティブのへミン・ソン、ジョン・ラードンやその他招かれた芸術家たちによって2012年に設立された。その活動は、芸術家が社会や政治、経済問題に直面している中、どのように創作活動を行うのかということに焦点を当てています。グローイング・マニュアル・プロジェクトは出版物であり、展示であり、商売であり、一時的な建築物であり、植物の種まきと生育であり、マクロ経済であり、関連しあうものが紡いだ糸であり、教育プログラムでもある。 新しく参加した日本の芸術家集団:Art Byte Critique (アート・バイト講評団)、#Bction(ビクション)、Kiso Geijutsu(基礎芸術)

アーティスト | ザ・マイナー・アジャストメント・アーティスト・コレクティブーヘミン・ソン&ジョン・リアードン

2006-20008年 ロンドンゴールドスミスカレッジで修士修了 1996-2001年 キュンオン大学 日常の行動と想像との相関性について探求し、作品化する。都市の特定の状況下でカジュアルに集会、パフォーマンス、ハプニングを行う。これらのイベントはしばしば作家が意図したものと実際の状況の間に予期せぬ緊張と歓喜を生む。

パートナー | ソウル・アートスペース・グムチョン

Intimacy_1、Intimacy_2、Food culture、Prosperity

プロジェクトタイトル|e-テンペプロジェクト

「e- Tempe」はインドネシアのアーティスト、作家の家族の物語に基づいたアート・プロジェクトで、彼の家業のテンペ製造についての個人的な思い出を反映している。テンペはインドネシア・ジャワで作りだされた、発酵大豆を原料とする基本的な伝統食品で、長年にわたりインドネシアの主食として好んで食べられている。
「e- Tempe」プロジェクトは、料理の専門家 Rulyani Isfihanaとのコラボレーションで、福武ハウスの教室を地域の典型的なカフェテリアに作り変える。そこでは、新たなグローバルフードを紹介し食べさせる。それが、「テンペバーガー」である。
「e- Tempe」は、グローバルな食糧生産の時代の自由市場に現在も向かい合いながら、社会的、政治的、経済的影響を探るために、ドキュメンタリービデオ、ろうけつ染め、インスタレーション、パフォーマンス、食物など様々な媒体を探索している。
作家はこれらの社会・政治的検討課題や、それらの課題が貧困や政治、政府の食糧生産の方針に与える影響に関心を抱いている。
作家とRulyani Isfihanaは、チームと共に、食品の遺伝子組み換えなどについても考え、料理の傾向とその仕事は、今日一般化している食品産業に対する一つの論評とみなすことができる。

アーティスト | マリアント(共同制作:ルフィー・イスファナ、リンダ・マヤサリ)

マリアント(1977年インドネシア生まれ)のアート作品は、物語を語るという形をとり、劇場のステージや、風景を用いた背景による強い印象を与えることが多い。その物語形式の作品は、アーティスト自身の芸術的想像力や構築された型と併せて、歴史研究、神話、物語を通じて得た知恵を探索し伝達するものである。その結果生まれるのは、物語と背景を思い起こさせる、絵画やエッチング、巨大な木炭画で作られた、劇的でロマンティックな黒と白のインスタレーションである。数年前に始まった彼の現在進行中のプロジェクトの目的は、資源と、それが国と政治に与える影響についての、彼の好奇心と結びついている。インドネシア・ジョグジャカルタのインドネシア芸術大学での正式な美術教育、それに続くオランダのライクスアカデミー・ファン・ベールデンデ・クンステン(国立芸術アカデミー)での研修や、スペインのカサ・アシア・バルセロナにおける「オリエントの学校」プログラム、 Yeo Workshop 2014といった個展の経験と併せて、インドネシアの生活を日々観察する中で、彼は植民地主義の歴史と、資源の配分におけるその役割を比較し、探索することができる。彼は「資源」を「パンドラの箱」とみなしている―大量の資源を持つ国は、その経済と国民の日常生活を方向づけ統治する制度間で、緊張と争いを引き起こしかねない、という意味で。 近年では、マリアントはYogyakarta Biennale 2015 Hacking Conflict, Indonesia Meets Nigeria(ジョグジャカルタ・ビエンナーレ2015,ハッキング戦争、インドネシア対ナイジェリア)に参加、エントランスの大型作品を制作した。またチャールズ・エッシェがキュレイターを務める Jakarta Biennale 2015 Neither Forward Nor Backに、インスタレーション作品Tumpah Ruah di Wonocoloで参加した。

アーティスト | ルフィー・イスファナ

Rulyは南カリマンタンのバンジャルマシンで生まれ、芸能人であると同時に、インドネシア料理の専門家でもある。若い頃から、演技と料理はRulyの人生の大切な部分となっている。ボルネオ島サマリンダで料理の課程を取るために高校で勉強するかたわら、カリマンタンの伝統的ダンスとモダンダンスのコースにも参加した。高校卒業後、1977年に彼女はジョグジャカルタに向かった。インドネシアン・モダンダンスの傑出した振付師、バゴン・クスディアルジャが設立したモダンダンス学校で、ダンサーとしての彼女の仕事をさらに発展させるためであった。彼女はモダンダンスの型や、劇場での演技の技術を経験し、試してみるようになった。バゴンの熱心な生徒の一人になったのである。何年か熱心に勉強したのち、彼女はその学校で教えることも始めた。演技への高まる情熱が彼女を力づけ、舞台の領域を広げるようになった。1985年、彼女はテアトル・ガンドリックに参加し、中心的俳優として積極的に活動を続けている。インドネシアの二、三の映画監督が、彼女のステージでの演技を観察して、「アナク・ボロブドゥール」や 「スカルノ」といった自分たちのプロダクションで俳優として仕事をするよう声をかけた。 インドネシア中を回る公演旅行を楽しむ一方で、彼女はインドネシアの料理と食文化についての経験と知識をふくらませ、自分のキッチンで、味とレシピのお気に入りを集めたものを試している。Rulyは、料理は彼女の創造意欲の延長であると考えている。彼女は食材や原料を置き替えることで、自分流の味の発明品を開発することも多い。彼女はインドネシアの家庭料理の美味しいものについて、独自のバージョンを開発している。1996年、彼女はジョグジャカルタで、料理業界の「上がったり下がったり」という状況のさなか、小さなレストランを営んだ。当初、二つのレストラン―ジャワ風スープの実験作を提供するSoto Mitos’ (1996-1997)と、インドネシア風オーガニック料理というコンセプトを持ち込んだSOBO (2004-2006) は―どちらもうまく行かなかった。その後、2011年、彼女は夫や子供たちと共に、Warung Bu Agengという名前の「伝統的な、台所で作る料理のレストラン」というアイデアを持って、料理業界に戻ってきた。Warung Bu Agengは、ジョグジャカルタで、食を楽しめる地元の有名な場所の一つとして成長している。

キュレイター | ニンディティヨ・アディプルノモ

インドネシア・ジャワ島中部スマランで生まれる。1988年、ジョグジャカルタのSTSRI ”ASRI”で、視覚芸術の専門教育を終了。1987年、State Academy of Amsterdam(アムステルダム国立アカデミー)で一年間の研修を受けるため、オランダ・アムステルダムに渡った(訳注2)。その後現在に至るまで、海外や地元の研修プログラムに多数参加し、またアーティストやアート活動家のためのワークショップにも参加している。 彼の作品は美術館や国立ギャラリー、その他の展示場所といった芸術施設のコレクションの中で公開されている。 また、以下の重要な展覧会でも展示されている。The Jakarta Art Council Biennale IX(ジャカルタアートカウンシル・ビエンナーレ9)(1993), The 2nd Asia Pacific Triennial of Contemporary Art(第2回アジア太平洋現代アートトリエンナーレ) (ブリスベーン、1996)、Contemporary Art in Asia: Traditions/Tensions(アジアの現代アート:伝統と緊張)(ニューヨーク、1996), The Havana Biennial (ハバナ・ビエンナーレ)(キューバ・ハバナ、1997),「The Second Fukuoka Triennale(第2回福岡トリエンナーレ)」(日本、2002), Gwangju Biennale(光州 ビエンナーレ)(韓国、2002)、Circle Point Open Biennale(サークルポイントオープン・ビエンナーレ)(ジャカルタ、2003), Busan Biennale(釜山ビエンナーレ)(韓国、2004)、Taboo and Transgression in Contemporary Indonesian Art(現代インドネシアアートにおけるタブーと罪) (カーネル大学ハーバート・F・ジョンソン美術館  ニューヨーク州イサカ、2005), the Museum of Contemporary Photography (現代写真美術館)(イタリア・ミラノ、2006), the National Gallery Singapore(ナショナルギャラリー・シンガポール), および最近では Jakarta Biennale (ジャカルタ・ビエンナーレ)(2013)。

パートナー | チェメティアートハウス

記憶の風景‐福田ロンド(石、光、廻旋曲)

グローバル経済の跫と共に、近年、人々は紙筆、たより、写真などから離れ、変わりに素早いウェブ時代に沿って実体からバーチャルへと記憶を収納する道具を変えていった 記憶の風景 「石。光 迴旋」は忘れ去られし隅っこの蓋を開き、リサイクルした台湾製のディスクで記憶の存在と不在をコラージュする。光線の乱反射の花色舞う中、福田の誇らしい歴史-「大阪城の礎石の郷」をこの空間に集め、この恰も忘却された場の中で、記憶が時空の道筋と廻り行く生命の中でのピントを創る。福田石は地元にとって決して消滅しない力であり、科学技術が人々の生活を前へ前へと進める今、沢山の記憶を保存したディスクは、味わい深い福田石と共に、俄かで絢爛多彩な光を映し出し、命の体感を織り成す。

アーティスト | ユンシャン・リー

作家は、芸術はこの世界を見て理解する手段になると考えている。彼女は当初は点、線、そして面の配置と表現に引きつけられた。その後ずっと、地域文化の魅力を探り、さまざまな媒体を通じ、また心地よさを反映し観客にもたらす芸術展示を創作するために、芸術振興に専念してきた。自立した芸術家のLeeは、台湾の国立台南芸術大学応用芸術大学院から芸術系修士号を取得。

キュレイター | 丘如華

遺産保護の先駆者Chiu Ruhwa は、台湾と多くのアジア地域社会の地域社会振興プログラムに深く関わっている。 NGO/NPOとして彼女は1986年以来、歴史的資産管理と遺産保存の重要性促進に専念。国際コミュニティから新しい未来像と発想を持ち込むことにより、彼女は政策と規制に挑んでいる。また、地域理解、職人技、国際交流に焦点をおき、教育訓練コース、ワークショップ、保護活動家向け教育訓練セミナーを開催。 芸術を通じて保護活動と地域社会活動を行うことが新しい傾向だと、Chiuは考えている。芸術作品は、違いを最少にするとともに、人々に着想を与え、新しい視点をもたらす。台湾では、パブリックアートへの民衆参加が普通のことになっている。それにより、一般市民が政府の厳しい政策を理解する場が創られている。

パートナー | 台湾歴史資源経理学会